最高裁判所第一小法廷 昭和26年(あ)185号 判決 1953年12月24日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役十月及び罰金五千円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人園田国彦の上告趣意について。
所論第一、第二は、結局当審で新らたに井原一秀の供述調書の謄本が証拠能力のないことを主張し、これを前提として違憲論を展開するに過ぎないものと解される。しかし、同謄本については被告人の弁護人が第一審においてこれを証拠とすることに同意していること記録上明白である。されば、所論は、その前提を欠き上告適法の理由として採用し難い。
次に、所論第三の実質は、要するに本件の物件が塩酸モルヒネであるとの証拠就中その補強証拠がないのにこれを認定した訴訟法違反又は事実誤認があるというに帰するから、刑訴四〇五条の上告理由に当らないし、また、本件においては、所論のごとき違反又は誤認を認めることできないから、同四一一条を適用すべきものとも認められない。
弁護人千代木隆吉の上告趣意について。
所論は、憲法違反とはいっているが、その実質は単なる訴訟法違反の主張に帰し、(そして、原判決には所論の訴訟法違反も認め難い。ことに原判決は、所論証人の供述又は供述書を証拠としていないし、また、本件物件が塩酸モルヒネでありその数量が約二百五十瓦であることは原判決挙示の証拠で認めることができる。)刑訴四〇五条の上告理由に当らないし、また、同四一一条を適用すべきものとも認められない。
検察官の事件受理申立の趣意について。
第一審判決が被告人は麻薬取扱者でないのにかかわらず昭和二三年三月頃東京都新宿区牛込袋町二四番地の当時の自宅で塩酸モルヒネ約百五十瓦を販売の委託をして佐藤幸雄に対して授与したと判示したのに対し、原判決は、第一審判決引用の証拠によって被告人は昭和二三年三月末頃同所で塩酸モルヒネ約二百五十瓦を所有するに至ったがその頃これを他に転売して利益を得るためその販売の委託を佐藤幸雄にするに際り、右塩酸モルヒネ約二百五十瓦を同人に手交したものであるとの公訴事実を認められるとしながら、旧麻薬取締規則二三条にいわゆる授与とは贈与、消費貸借等所有権の移転を伴う場合を指すものと解し右の公訴事実を罪とならないものとして無罪の言渡をしたこと、並びに旧麻薬取締規則は、昭和二一年一月二二日附連合国最高司令官より日本政府宛発せられた「日本の麻薬管理のための有効な組織の設定に関する覚書」の趣旨を履行するためいわゆる「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く省令として同年六月一九日公布即日施行されたものであることはいずれも所論のとおりである。そして、右覚書第一項は、日本にある麻薬管理上、有効な組織を設定するために、一、適法に麻薬売買の資格を持つ総ての者は、適当に登録、免許、分類されねばならないこと。一、麻薬の取引は総て、日本政府がその法規の中で規定する検印済原包装のまま又はその原包装からなされねばならないこと。一、登録者の類別による売買制限を、日本政府の法規に規定することを要すること。一、登録者相互間の売買は、日本政府が記録し、未記入のまま登録者に交付する注文書によってなされねばならないこと。一、日本政府の法規に規定されているものを除き登録、免許、分類を受けていない者はすべて麻薬を所有、所持することが禁ぜられること。一、日本政府の法規に違反する者に対しては厳罰を規定する必要があること。その他の諸条項を具体化する法律の制定を日本政府に命じたものであり、また、同第二項は、日本政府は右の法律制定以前に、その法律の英文写一通を最高司令部に提出することを要する旨命じたものである。従って、右覚書並びに右覚書に基く右麻薬取締規則全体の趣旨は、日本にある麻薬をばその管理上登録、免許、分類された一定の組織以外の者の間に流通させることを禁止するものであることを窺い知ることができる。そこで、同規則二三条の「麻薬取扱者でなければ、麻薬を製剤、小分、販売、授与又は使用することはできない。」との法文と同規則の英文「Any person other than narcotic deaiers is prohibited from compounding,producing,selling,delivering,or dispensing narcotics.」とを対照して前述の趣旨を考えると、同規則二三条にいわゆる授与(英文delivering)とは、贈与、消費貸借等所有権の移転を伴う場合に限らず、販売の委託等相手方に麻薬の処分権を与えてこれを交付するがごとき行為をも含むものと解するを相当とする。従って、原判決が前述のごとく証拠に基き被告人の佐藤幸雄に対する本件麻薬の委託販売の目的を以てする交付行為を認定しながらこれを無罪としたのは確定した犯罪事実に対し適用すべき法令を適用しなかった違法があるものであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。されば論旨はその理由があって、原判決は破棄を免れない。
よって、被告人の本件上告はその理由なきも、検察官の上告はその理由あるものと認め、原判決を破棄し同四一三条但書により被告事件につき更に判決をするものとする。
原判決が有罪として認定した被告人が麻薬取扱者その他法定の者でないに拘らず昭和二三年三月末頃東京都中央区京橋付近で井原一秀を通じて氏名不詳者から塩酸モルヒネ約二百五十瓦を買い受けてその頃これを所有した事実は、麻薬取締法七四条により麻薬取締規則(昭和二一年厚生省令二五号)四二条の規定に違反し、同規則五六条一項一号に該当し、また、原判決が前述のごとく証拠に基きその事実を認定しながら無罪としたその頃前示自宅において右モルヒネを販売を委託して佐藤幸雄に交付して授与した事実は、同取締法条により同規則二三条の規定に違反し同規則五六条一項一号に該当するところ、同条二項に従い情状により懲役及び罰金(罰金刑については罰金等臨時措置法四条一項、刑法六条、一〇条により軽き行為時法を適用する)併科すべく、右は刑法四五条前段の併合罪であるから懲役刑については同法四七条、一〇条により犯情重しと認める授与の罪につき定めた刑に併合罪の加重をし、罰金刑については同法四八条により合算し、その刑期並びに金額の範囲内において被告人を主文二項の刑に処し、罰金を完納することができないときは刑法一八条により主文三項の期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は刑訴一八一条一項により被告人の負担たるべきものとし主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 真野 毅 裁判官 岩松三郎)